1ヨハ  1章3節
1:3 わたしたちが1見たもの、聞いたものを、2あなたがたにも伝えます.それは、2あなたがたもわたしたちと3交わりを持つためです.わたしたちの交わりとは、4御父との、また御子イエス・キリストとの交わりのことです。
1章3節 フットノート3

ギリシャ語は、「共にあずかること」、「共同であずかること」を意味します。交わりは、永遠の命から流れ出たもので、実際上、神聖な命を受けて所有している信者たちの中の、永遠の命の流れです。それは、新エルサレムにおける命の水の流れで例証されます(啓22:1)。すべての真の信者は、この交わりの中にあります(使徒2:42)。交わりは、わたしたちの再生された霊の中のその霊によって遂行されます。ですから、それは「聖霊の交わり」(IIコリント13:14)、「(わたしたちの)霊の交わり」(ピリピ2:1)と呼ばれています。わたしたち信者は、この永遠の命の交わりの中で、御父と御子のすべてに、また御父と御子が成し遂げたすべてにあずかります。すなわち、わたしたちはその霊の交わりを通して、御父の愛と御子の恵みを享受するのです(IIコリント13:14)。そのような交わりは、第一に、使徒たちがその霊を通して御父と御子を享受することにおける、彼らの分け前でした。ですから、それは「使徒たちの交わり」(使徒2:42)、またこの節で「わたしたち(使徒たち)の交わり」、御父と御子イエス・キリストとの交わりと呼ばれています。これは神聖な奥義です。永遠の命のこの奥義的な交わりが、本書の主題と考えられるべきです。
 ここの交わりとは、個人的な利益を取り除き、ある共通の目的のために他の人と結びつくことを示しています。ですから、使徒たちと交わりを持つこと、使徒たちの交わりの中にいること、使徒たちの交わりの中で三一の神と交わりを持つことは、わたしたちの個人的な利益を捨てて、神の目的を遂行するために、使徒たちと三一の神と結びつくことです。この先でヨハネが書いたことによれば、この目的は二重です。(1) 信者たちが三一の神の中に住むことによって神聖な命において成長し(2:12―27)、神聖な誕生に基づいて、神聖な義と神聖な愛の生活を生き(2:28―5:3)、この世、死、罪、悪魔、偶像に打ち勝つこと(5:4―21)。(2) 地方召会がイエスの証しのために、燭台として建て上げられ(啓第1章―第3章)、永遠にわたって、神の全き表現である新エルサレムとして完成されること(啓第21章―第22章)。わたしたちが使徒たちの三一の神に対する享受にあずかるとは、使徒たちと三一の神に結合し、神、使徒たち、すべての信者に共通である神の神聖な目的を成就することです。


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